原油市場が荒れています。
コロナウイルス感染拡大による需要の落ち込みに加え、サウジアラビアとロシアの減産合意が妥結せず、サウジアラビアが増産に踏み切ったことがきっかけで一時は1バレル20ドルを切る水準にまで下がりました。石油輸入国からすれば安い方がよいのですが、産油国からすれば経済的に大打撃であり、政治情勢の不安定化は避けられません。
まずこの文脈で押さえておくべきポイントは以下です:
- もともと原油価格は80年代から2000年まで1バレル20ドル前後で推移しており、2000年以降が新興国需要を受けたバブルだったということ
- 一方、産油国はそのバブルの経験をもとに現在の財政を構築していること
- WTI市場は市場としては小さく、大量の資金が出入りすると一気に乱高下すること
- 石油の競合として新たにシェールオイル・シェールガスと再生可能エネルギーがでてきていること
まず1点目について、チャートを見れば明らかですが、2000年から2010年の原油価格の値上がりは明らかに投機を伴ったバブルでした。難しいのは、産油国がこの原油価格水準が続くものとして、それをベースに国の財政を構築してしまっていることです。少し古いデータですが、ピクテによればサウジアラビアの原油採算コストは1バレル7ドルである一方、国家予算を維持するには1バレル90ドル必要になります(2014年)。ベネズエラに至っては1バレル160ドルなければ国家予算を維持できないということで、当然ながらそのようなバラまき財政は破綻し、現在のハイパーインフレーションにつながりました。直近でもプーチン大統領が「OPECとアメリカは協調減産を」と表明していますが、要するに今の原油価格ではロシアも財政が持たないということです。なお、サウジアラビアはムハンマド皇太子を中心に脱石油にチャレンジしていますが、ほとんどの産油国は石油という「札束が湧いてくる産業」に依存しており、簡単に別の産業が生まれるわけではありません。石油が安いことで産油国の経済が崩壊し、政治的に不安定になってしまうことは周辺国にとっても憂慮すべき問題でしょう。
また、石油はもはや代替のきかないエネルギー源というポジションを失っていることを認識することが重要です。アメリカにおけるシェール革命と最近の再生可能エネルギーの発展によって石油の社会的存在感は(まだまだ大きいにせよ)かなり変わってきました。シェールオイル・ガスの生産性はまだ上がってきていますし、再生可能エネルギーも太陽光発電、風力発電を中心に単体での経済性が十分出るようになってきています。
そういった石油のポジション低下に伴う政治的影響は甚大です。もともとアメリカが中東に介入し、サウジアラビアと蜜月関係を築いてきたのは石油確保の重要性からです。それが今やシェール革命のおかげで石油生産の世界一位はアメリカになり、あろうことかアメリカが石油の純輸出国になってしまいました。アメリカは経済性至上主義の国ですから、いくら原油価格を下げてシェール潰しをしても、その後原油価格が上がれば再度シェールの生産は始まります。シェール革命のせいで、原油価格には本質的にキャップがかかってしまったのです。アメリカにしてみれば原油を中東に依存する必要がなくなったわけで、中東への政治的関心、もっと露骨に言えば産油国への配慮は不要になります。これはオバマ政権のときから顕著ですが、イランの核開発に関する合意をサウジアラビアの反対を押し切って行う等、すでにその兆候は表れているといってよいでしょう。
長く歴史を見れば、エネルギー源も石炭から石油にシフトし、原子力が頓挫、そしてシェールが登場し、再生可能エネルギーへ世界が動こうとしています。そうした大きな地殻変動を踏まえてみれば、今回のような原油価格の動きはそれほど驚くべき話ではありません。私たちが足元でもっとも関心を払うべきは、中東の国々やロシアの政治経済的な安定をどのようにサポートするのか、とともに石油中心であった社会構造を日本も含め、どのようにうまく次世代エネルギー型の社会構造へとシフトしていくのかということでしょう。