トランプ大統領が米通信品位法(CDA:Communications Decency Act)の解釈に関する大統領令に署名したというニュースが話題になっています。
この法律230条によれば、ツイッターなどのオンライン事業者は、ユーザーによって提供されたコンテンツに対して法的責任を負いません。一方で、「善きサマリア人」として、猥褻や嫌がらせ、暴力などに関する内容を排除するなど良識に基づいた行為を認めています。もともとこの230条がSNSの発展を支えてきたといえる一方、ヘイトスピーチやフェイクニュースなどの拡散を無責任に放置していると民主党からも共和党からも改正を求められていたのも事実です。今回の大統領令は突然降って湧いたわけではないことには注意する必要があるでしょう。
今回の大統領令では、もしオンライン事業者側がユーザーの投稿に編集を加えるなどした場合は、こうした法的保護を受けない(要するに「出版社」と同様に編集責任を負う)とするものです。同時に、オンライン事業者が特定の政治的立場を規制していないか、投稿阻止が適正に行われているのかを検証するなども定められています。
こうした問題の背景は、結局SNSの影響力の大きさがあるでしょう。誰もが世界に向けて自由に発言できるということは素朴に「民主主義を加速させ向上させる」と信じられてきましたが、啓蒙装置というよりは、むしろ愚かさを広める拡声器のようなものになってしまいました。そしてSNS上にはヘイトスピーチやフェイクニュースがあふれ、それらは社会を分断するものであって規制せよという立場があり、一方で事業者がそんな検閲めいたことをすることは表現の自由を阻害してしまうという立場もあります。もっとも、SNSで投稿が阻止された場合であっても、本来的には「表現の自由」を侵害することには当たりません。ツイッターで投稿を阻止されてもフェイスブックでは載せられるかもしれず、「検閲」ではないからです(検閲とは通常、行政権が主体となって、ある表現の発表前に網羅的・一般的に公開を禁止するものです)。それにあるメディアが「党派的である」というのは当然であって、日本でも朝日新聞(革新系)から産経新聞(保守系)まで色々なメディアが存在します。それであるのにSNS事業者だけが様々な議論に巻き込まれるのは、やはり現代社会におけるSNSの影響力の大きさを物語っています。
また、現代におけるIT技術の進化もSNSの影響を後押ししているといえるでしょう。人間が書き込まなくてもプログラムを作成してボットを作れば大量の投稿ができてしまいますし、ある人の傾向に合わせた個別のカスタマイズ(パーソナライゼーション)は、情報の与え方によって容易に人間の思想や考え方に影響を及ぼしてしまいます。今回のコロナウイルス自粛期間においてさまざまな「○○チャレンジ」というものがなされましたが、私のフェイスブックアカウントには「7日間ブックカバーチャレンジ」がこれでもかというほど流れてきましたが、妻のフェイスブックアカウントには「腕立て伏せチャレンジ」がこれでもかというほど流れてきたそうです。それはコミュニティの違いであり、逆に言えば本人が気づかない中で情報の取捨選択が行われてしまっているということです。
なお、もしプラットフォーム事業者に投稿内容の確認を求め、誹謗中傷やフェイクニュース、ヘイトスピーチなどの削除を義務付けた場合どうなるかといえば、欧州で既にみられる傾向ですが、グレーゾーンの投稿は全て安全策で削除されることになり、それこそ自由な言論が阻害されてしまいます。また更に悪いことには、そのようなコストのかかる対応ができる事業者は限られているわけで、結果的にGAFAのような巨大企業への寡占が強くなるということです。
インターネットが出てから実際、まだ20年くらいしか経っていません。実は私たちは情報化社会に住んでいるつもりで、その入口にしか立っていないのでしょう。産業革命だって最初は労働問題など大きな社会的問題を引き起こしましたが、試行錯誤を繰り返しながら社会は良い方向に動いていきました。まだインターネットとは無縁で暮らしている人もいるわけで、その意味でまだ情報化社会による大きな時代の変化はこれからなのです。結局は市民自体がレベルアップするしかなく、我々自身がより良いSNSを作っていくしかありません。
U.S. Code § 230.Protection for private blocking and screening of offensive material
(c)Protection for “Good Samaritan” blocking and screening of offensive material
(1)Treatment of publisher or speaker
No provider or user of an interactive computer service shall be treated as the publisher or speaker of any information provided by another information content provider.
(2)Civil liability
No provider or user of an interactive computer service shall be held liable on account of—
(A)any action voluntarily taken in good faith to restrict access to or availability of material that the provider or user considers to be obscene, lewd, lascivious, filthy, excessively violent, harassing, or otherwise objectionable, whether or not such material is constitutionally protected; or
(B)any action taken to enable or make available to information content providers or others the technical means to restrict access to material described in paragraph (1).
https://www.law.cornell.edu/uscode/text/47/230