最近、コロナの関係もあるのか、根拠のない(説得力のない)主義主張が目立つ気がします。
戦略的思考や論理的思考というものを身に付ける際、まず大切なことは「ファクトとロジックを押さえること」です。きちんと事実と向き合っているということが主張に迫力を加えますし、説得力もでてきます。
ファクトを押さえようと思えば、物事を分解してみていく力が必要です。デカルトは「困難は分割せよ」と言いましたが、分解能のない人は理解という知的営みの外にいるといってよいでしょう。ソムリエはワインについて1日中話すことが出来ますが、ワインに詳しくない人にとっては「ワインは赤か白(かロゼ)」くらいです。もしかしたら「お酒は全部、一緒」というかもしれません。専門家と素人の違いは体系的な知識の差であって、具体化がどこまでできるか、物事をどれだけ精緻に分解できるかの違いです。
さて、最近アフターコロナについて大きな見取り図を主張する人が増えてきています(それ自体は大切なことです)。
例えば先日、「ここ数年では世界の時価総額の伸びがGDPの伸びを圧倒している、昔はGDP(実体価値)が時価総額(市場価値)に結びついていたが、今は時価総額(市場価値)が先行し、そこからGDP(実体価値)が生まれている、だから日本もそういった株式市場でウケるイノベーションや変化を起こしていく必要があるんだ」といった主張をしている人がいました。GAFA等を見ていると、これ自体はその通りな気もしますが、この主張・立論が正しいのかというのは全体となるファクトなどを自分なりに確認してみなければいけません。
確かに、時価総額とGDPの額を考えてみると、85年から17年までの変化を見ると、世界のGDPは12.8兆ドルから81兆ドル、時価総額は4.6兆ドルから79兆ドルですから、伸び率自体は「GDP<時価総額」です。ただ、時系列で見ると時価総額はGDPの伸びに合わせて伸びていますので、ここからすぐに「市場価値が実体価値を作っている」と言えるかといえば、ちょっと難しい気がします。また、米国市場とアジア市場では話が違うでしょうし、市場別に細かく見ていく必要もあるといえるでしょう。ちなみに、有名な米国投資家であるウォーレン・バフェット氏は「経済が順調な先進国では、株式市場の株価の上昇が国の成長のGDPと比例して上昇していく」と考えており、バフェット指数(時価総額÷名目GDP×100)というものを提案しています(だから当然、市場価値が実体を作り出すとは考えていない)。
このGDPと時価総額の話は一つの例ですが、なにやら有識者と呼ばれる人がいう「それらしいこと」をそのまま真に受けていても知恵がありません。先日、原油価格がマイナスになったとき、ニュースのコメンテーターが「原油の先物価格がマイナス、そして金利もゼロ、ということは原材料価格(原油)がゼロで、設備投資(金利)もゼロ。ということは、生産がゼロ、つまり誰もモノを作らないということで、経済が凍ってしまったということ」と言っていましたが、全く意味不明です。
歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏は日本のテレビ局(NHK)の取材で「科学的な方法を信じることで、猜疑心などに陥らないようにすることが大切」と言っています。今が「恐怖のパンデミック」と言われるように、パニック状態になっている可能性もあります。パニックは人間から知性を奪い去り、幼児退行を引き起こします。
「理性的であるものこそ現実的であり、現実的であるものこそ理性的である」
ヘーゲル、『法の哲学』
過度の抽象化・一般化に陥ることなく、ファクトとロジックを押さえ、冷静に物事を考えていくという思考の基本原則を押さえていきましょう。